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お茶の種を植えて50余年
株式会社 新緑園

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新田15530-2(一丁田)

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お茶の歴史と宮崎の茶業

発祥の地は中国?

椿のイラスト

お茶発祥の地は中国という説があります。現在の漢方薬の基礎を築いたといわれる神農帝が、人間の体に合う木々や草などを、山や野で集めてまわり、テストを繰り返したという話もあります。

また、唐の時代に書かれた新修本草には、茶葉が薬として使用されたことが書かれています。

このように、中国では元々茶葉は薬として飲まれていたと考えられます。
それ以降、お茶が嗜好品として飲まれるようになったのは、栄の時代以降のようです。

日本では

急須のイラスト 日本の喫茶としての始まりは、中国から伝わった色々な喫茶方法よりも、ずっとその昔からという説があります。

狩猟や農耕の時代には、何らかの方法で茶の芽や葉を、直接口にしたり、お湯で飲んだりしていた可能性も考えられます。
正式な喫茶は、平安時代に空海などの手により、茶の種などが僧侶や貴族に広がっていったようです。

その後、1191年に再び、栄西が中国から茶の種等を 持ち帰り、それが日本に広く伝わっていきました。

宮崎の茶業

宮崎では、1,600年頃、朝鮮から熊本経由で、本県の西北山間部に釜炒り茶が伝わったのが、始まりの一つといわれています。

その後、 宝暦初年の1751年に、都城島津家藩士の池田貞記が山城宇治に行き、従来の釜炒り茶製造とは違う、蒸して作る緑茶の手法を取得し、 広めたことも大きな普及に繋がりました。

 

また、大正時代以降、茶摘の道具や製茶機械の導入が進み、県も農業政策の中で、茶を特に奨励し、研究機関の充実や技術員育成に力を入れ、 現在の宮崎の茶業の基礎作りとなりました。

昭和40年代に入ると、甘藷に替わる作物として、茶が広く植えられ、面積も拡大していきました。