八、林家木久扇師匠が語る「落語名人と高座のお茶」 八、林家木久扇師匠が語る「落語名人と高座のお茶」
寄席で落語家が芸を演ずる、一段高く設けた座席を高座と言います。今回のお話は、高座で飲むお茶について。故・歌丸師匠のエピソードも登場しますよ。
高座で落語家が湯呑を手に取り、しゃべりながら茶をすする風景を思い浮かべる人は多いのではないか。
ところが意外と高座で飲むお茶を所望する名人は少なくて、私の前座修行中では昭和の名人とうたわれた六代目・三遊亭圓生師匠くらいしか浮かばない。
圓生師匠は寿司屋の湯呑みたいな大きなものを愛用していて、それを噺の息継ぎの間、両手に挟んでそっと口にあてる。
このしぐさが実に綺麗で、観客はうまそうにお茶を……と想像するが、実は熱めの白湯の湯気を吸い込んで、喉を湿らせているのだ。
三遊亭圓生師匠を尊敬していたのが、私と濃いお付き合いだった桂歌丸さん。
新作派だった彼は、晩年には古典や三遊亭圓朝作の怪談話を手がけるようになる。
五十歳を過ぎてから、横浜の三吉演芸場の高座で初めて木製の小ぶりな湯呑を使うようになり、以後は高座で必ずお茶を所望するようになった。
湯呑のフタにしずくがついていると着物を濡らすので、中身のお湯は熱からずぬるからず。
神経質な師匠だったから、座布団と湯呑の距離など高座支度の前座は苦労したことだろう。
蓋付き湯呑 木製 漆塗り(日本製)井助商店
フタ付き木製湯呑みのイメージ
若手の友人であり、俊才の桂竹丸さんから聞いた話。
地方の落語会に呼ばれた彼は「喉がいがらっぽくてしゃべりづらいから、高座にお茶を用意しといて」と希望した。
一人で出演したのでその支度をする前座はいない。
係の人が「用意しときました」と言うので彼が高座に向かうと、座布団の右手にお茶のペットボトルと、紙コップが置いてあったそう。
このオチに座布団一枚!
林家木久扇(はやしや・きくおう)
1937年生まれの落語家、漫画家、画家、YouTuber。
漫画家を経て1960年に落語界入り。
1969年には日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー入り。
1973年に真打ちに昇進し、
2007年には落語界史上初の親子W襲名により「林家木久扇」となる。
時代に呼応した新鮮な話芸をもち、アート、ラーメン、絵画、歌、役者、エッセイなど、下町の粋を伝えるマルチな落語家としてお茶の間に人気。
2020年には念願のYouTuberデビュー。
HIKAKINに師事してKIKUKIN名義でチャンネルを開設。
そして同年8月には芸能生活60周年を迎えた。