四、林家木久扇師匠が語る「林家正蔵とお茶の時間」 四、林家木久扇師匠が語る「林家正蔵とお茶の時間」
見習い時代におかみさんから淹れてもらったお茶が一番好きだという、御年八十四歳の木久扇師匠。お茶の種類や産地も大事ですが、茶葉から丁寧にお茶を淹れてゆったりと誰かと味わう、その時間こそが日本茶の魅力なのでしょう。今月は、長火鉢や銅壷などレトロなアイテムたちが醸し出す、昭和レトロなお茶のひと時をお楽しみください。
昭和三十六年、二十三歳だった私の若き日──。
前座から二ツ目に昇進するまでの四年間、実家の西荻窪から師匠(八代目・林家正蔵)の住む浅草稲荷町へ通っていた。
師匠の住まいは長屋で狭く、一階が三畳と六畳、二階が六畳と二畳のみ。
もう師匠夫婦の朝食は済んでいて、弟子の私は掃除に精を出し、おかみさんの洗濯を手伝う。
驚いたことに洗濯機はなく、タライに洗い物が漬けてあり、そばには四角い洗濯石鹸。おかみさんがゆすいだ洗濯物を絞ったりした。
昔懐かしい洗濯桶と洗濯板
家事が一段落するとお茶の時間になる。茶葉は煎茶だ。
長火鉢をはさんで正蔵師匠とおかみさんが向かい合って座っている。
そして私は師匠の机の端に正座。
師匠の机の上はいつも手紙や原稿が山になっていた。
長火鉢の中に置いて湯を沸かす銅壷
お茶を淹れてくれるのはおかみさん。
湯が沸いている銅壷(どうこ)からカネの柄杓で湯を汲み、茶葉の入った急須に注ぐ。
いっぺんその湯を全部捨て、また急須に湯を注ぐ。
そしておかみさんが師匠と私の湯呑に、濃いお茶を淹れてくれる。
「何もないけど、このお煎餅お食べ」
京花紙の上に煎餅が二枚。私は押し頂いてお茶請けにする。
頬をなでる湯気のぬくもり。その向こうで師匠とおかみさんが話をしている。
前座見習いの頃にいただいた夢のようなお茶。
つくづく美味しかったなぁ……。
林家木久扇(はやしや・きくおう)
1937年生まれの落語家、漫画家、画家、YouTuber。
漫画家を経て1960年に落語界入り。
1969年には日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー入り。
1973年に真打ちに昇進し、
2007年には落語界史上初の親子W襲名により「林家木久扇」となる。
時代に呼応した新鮮な話芸をもち、アート、ラーメン、絵画、歌、役者、エッセイなど、下町の粋を伝えるマルチな落語家としてお茶の間に人気。
2020年には念願のYouTuberデビュー。
HIKAKINに師事してKIKUKIN名義でチャンネルを開設。
そして同年8月には芸能生活60周年を迎えた。